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BOOK REVIEW – この冬に読むおすすめの本

Creator's Column
2025.01.06

コンティニュエにゆかりのあるクリエイターに自由に寄稿いただいた、冬のカルチャーコンテンツ。映画監督として活躍される岨手さんによるブックレビュー。

『酔わせる映画
ヴァカンスの朝はシードルで始まる』

月永理絵 / 著

春陽堂書店

「豊かさを感じる文化的な時間」

Written by Yukiko Sode

 

コスパ・タイパという言葉を耳にするたびに、どこか貧乏ったらしい気分になる。いや、この物価高だし私だって多分に漏れず貧乏なのだが、心は錦でありたいじゃないか。お金もない、時間もないとなれば、もっとも贅沢な行為は「お金と時間をかけて、生産性のないことをする」になるはずだが、いやいや本物の贅沢をするためにコスパ・タイパを重視しているのだ、と言われてしまうだろう。これについては「そうでしょうね」と返すしかないが、どこか納得できない自分がいる。何かがごそっと抜け落ちている気がするのだ。

 

そんなことを考えていたときに出会ったのが、この『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』という本だった。映画ライターの月永理絵さんによる酒と食をめぐる映画コラム集で、さまざまな映画の“酔わせる”場面から、古今東西の映画を語っていく一冊だ。単純に飲酒シーンをよせ集めたものではなく、酒、りんご、食事という観点から、登場人物たちの悲喜交々を洗い出していく。

例えば、昨年末に公開して大ヒットした『枯れ葉』を手がけたアキ・カウリスマキ監督について。彼は無類の酒好きで、その作品には必ず酒が登場する。主人公たちの多くは酒で失敗しており、初期の傑作『マッチ工場の少女』でも愛を求める主人公が酒をきっかけに人生の深みにはまり、酒を使って殺人を犯すという展開が用意されている。こう書くと酒がろくな役割を果たしていないようだが、一方で酒が孤独な人を癒す相棒であることも忘れない。いつものバーで仕事のあとに飲む一杯、音楽を聴きながらグラスをあおるひととき。この本を読んでいると、「酒を飲む」という行為がきわめて文化的なものだと気づかされる。

 

名匠・成瀬巳喜男監督の『流れる』『晩菊』やドラマシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』で描かれる、女同士で酌み交わす酒の旨味や苦味について。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のりんごをめぐる慣用句の雄弁な演出について。『ゴッドファーザー』『グッドフェローズ』のマフィアたちがつくる手の込んだご馳走について。そんな美味かったり不味かったりする酒や食事は、登場人物たちの矛盾に満ちた人生のふくよかさを描き出す。それが魅力的に映るのは、お腹を満たすという目的以上に、彼ら彼女らの食文化として描かれているからなのだろう。
酒を飲んだり手間をかけて料理をしなくても、生きていく上で特段支障はない。けれど、コスパ・タイパが悪く、非生産的とも思える行為は、ときに思わぬ豊かさをもたらしてくれる。

 

冬の公園で「寒い寒い」と言いながら飲むホットワイン、朝焼けを見ながらつまむお弁当用のおかず、ひとに配りすぎて自分の口に入らなかった手土産……。そんな愚にもつかない日常の断片が、自分という人間を表現する機会をつくっているのかもしれない。そうやって対外的には価値なんてないかもしれない表現をすることが、文化なんじゃないだろうか。生活の中に文化があるのは、最高に贅沢でロマンティックなことだ。この冬はシードルを飲みながら、たっぷりと時間をかけて読書や映画を楽しもうと思う。

 

 

岨手 由貴子

映画監督。監督作は『グッド・ストライプス』、『あのこは貴族』など。Disney+ドラマ『すべて忘れてしまうから』が配信中。@sode_yukiko

 

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*Newspaper by Continuer Inc. 2024 – 25 Winter Issueより